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三文、安いけど安い

(注釈:「おばあちゃん子は三文安い」などと言う。祖母に甘やかされて育つから、〝甘ったれ〟になりがちだという意味)

 

 暮れも押し詰まり、琵琶湖の畔(ほとり)にある我が家も慌ただしい。そんな中での日曜日、私は大きな尻餅をついてしまった。
 事の起こりは、梯子が犬走りの玉砂利に肩透かしを食わされたのである。 
 やめとけば良いものを、つい七十才という年令も忘れ、私は梯子に足をかけてしまった。途端に梯子は傾き、バケツを直撃した。ブリキのバケツだけに、けたたましい音が鳴り響き、晴れがましいことこの上ない。と同時に、私は〈どすん〉と玉砂利の上に尻をついた。

 この音を聞きつけ、いの一番に孫のうららが部屋から飛んで出てきた。
「いや、滑ってしもたわ」
 私は照れ笑いした。
 笑っているつもりでも、顔は歪んでいるのか、
「おばあちゃん、痛いの?」
「うーん」
 私はそう答えるのがやっとである。
 それにしても、この痛みは只事ではなさそうな気がする。痛すぎる。尻が、いや腰かな?
 うららは、どうしたら良いのか分からず立っている。
『そうだ、お父さんに知らせてこうよう!』
 困った時は、大人に知らせるようにと幼稚園で習ったばかりだ。
「おばあちゃん、お父さんに言うて来るし。ちょっとの辛抱やで。ええか。ほんまやで」
『あれ? 私の口調そっくり。そうか、私ってこんな風に言うてるんや。よう聞いてるわ』
「フフっ。ウッ……」
 ちょっと背伸びした言葉。
 笑いたいけど『うーん痛い』
 しかし心強い。

 そこへうららの姉、ももが帰ってきた。庭にへたり込むおばあちゃんを見た。
「何してるの?」
 と問うと、ここが痛いとばかりおばちゃんは腰に手を当てた。
 ももはおばあちゃんの横に座り、一緒に背中をさする。そして、うららが父に伝えに行っていることも知った。
「大丈夫やよ。病院で診てもらうで」
 ももは、もう自分のことのようにつらい。おばあちゃんは、私と妹の一番大きな姉であり、遊び仲間である。
 働く母の代わりに、私と妹を育ててくれた。しつけは二の次で、怒ることもなく、好きなことをさせてくれたおばあちゃん。
 涙がつつーっと、頬を伝った。
『おばあちゃんが動けなくなったら、死んだらどうしよう』
 今更ながら、おばあちゃんは年寄りだったことに気づいた。

 うららが戻ってきた。ももの姿に一安心する。が、姉のほっぺが濡れていた。もしかして泣いたのか?
 うららは姉の側に行くと背中に手を回し、小声で言った。
「もも、困ったことがあったら言い。今、おばあちゃん大事な時やし。うららが聞くし」
 小学生の姉をつかまえて、自信たっぷりのうららだった。上手く父に伝言できたことで、小さな胸は満足感で一杯だった。

-fin-
2017.02

『〝やけにこましゃくれた子〟を登場させ創作する』をテーマに書いたフィクションです。

© 2017 by 今村とも子. All rights reserved.

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